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第37回 書面主義とデータ(?)主義

私のこだわってきている「文書」の電子化も、それまでの隙間的情報技術、物好きの世界から離陸し、ひとつのテーマとして認められつつあるように思える。特にIT書面一括法の施行以来、さまざまにご相談を受けるようになってきている。いわく、電子申請であり電子届出であり、電子入札、電子契約などである。

ネットワークの広範な普及のもとに、行政機構から民間企業組織にいたるまで、ネットワークをどのように業務改善・業務効率化に役立てていくか、さまざまに検討が開始されている。そのためには、紙によってきた手続きを電子化すること、すなわち文書の電子化が必要不可欠とされる。これによって、これまで「日」単位を要した郵便による届出や申請は瞬時に、しかも住んでいる場所にかかわらず届け出ることが可能となる。その便利さは、インターネットに親しんでいる方ならば誰しも実感するところであろう。

eJapanへの移行が叫ばれている今日、行政サービスもこれまで役所に出向かなければならなかったものが、家庭の端末から時間を問わずできるようになったり、また役所からの書類が、私の端末に届けられるようになるのも、遠い将来のことではなくなるであろう。

ただ、例によって斜めにものを見る癖のある私には、いささか気がかりなことが、いくつもある。例えば、電子契約である。ワープロなどを使って(いまや使わないで契約書を作る人はいないであろうが)契約書を電子的に作成し、電子署名を施して、相手に送付し、相手から同様に電子署名を用いて了承した旨の返信を受ければ、両当事者が実際に署名捺印した「紙」による契約書と同等の効力を持つようになるであろう。

このようにして作成された契約書は、後日紛争が生じた場合の依拠するところをあたえ、問題解決に用いられる。すなわちPKIを用いて、ネットワークで当事者同士が契約条件の協議を行い、双方了承すれば、実際に顔をあわすことなく、また「紙」による契約書を郵送や持参によって取り交わさなくとも契約が成立することとなる。スピード時代の今日、このような手続きの実現に向けてネットワークに期待される役割は大きいし、地球のどことも契約が可能となることはビジネスにとって大変有利に働く。

しかし、「契約」とは、「契約書」の取り交わしによって成立するのではなく、双方契約条件が折り合った時に成立するものであろう。「契約書」とは、確かに契約条件を双方了承しましたと言う証跡のために用意されるものであり、ある見方をすれば契約条件を双方が了承した証跡があれば、契約書はなくても良いこととなる。

すなわち、電子契約とは「電子化した契約書」の取り交わし手続きを言うのではなく、双方が契約条件を協議し、合意に至る手続きを指すものと解釈すべきであろう。

簡単に言えば、契約書に記載されるべき「支払い条件」や、「納入期日」などの個々 の条件を検討し合意するプロセスが電子化されることが、「契約書」を電子化するよりもはるかに重要である。

しかるに、現在の電子契約の意味するところは、書面と同様な体裁と内容で「電子的に作成された契約書」を取り交わすことに焦点が当たっているように思える。「電子申請」も電子申請書類を、従来の「紙書面」と同等の体裁と内容で、ネットワークを介して届け出ることを意図しているようである。

従来、行政手続きは「書面主義」のもとにあり、「文書収受」から、「文書の形式要 件の審査」、「記載内容の精査」などの手続きを経て、実際に必要な行政サービスが実施されるようになっていた。すなわち、「紙とはんこ」の組合せこそが、行政プロセスの本質にあった。

「紙書面」は、その手続きに必要なすべての情報を網羅するように体裁が設計され、その結果、市民はいずれの書面にも、「住所、生年月日、本籍、現住所、配偶者の氏名、こどもの名前」などを、それぞれの書面の目的のために、何回も記載しなければならない。結果、記載ミスや、書類相互の齟齬などが発生することとなり、そのチェックのための部署や人員が行政側に求められることとなっている。

このように考えると、電子申請においては、申請すべきデータ項目のみが役所に連絡され、電子契約においては、協議すべき事項のみが双方で確認されることが重要となろう。 すなわち、書面が重要なのではなく、その中に記載されている「データ」が重要と思われる。データに焦点を当てることで、行政手続きや契約手続きが大幅に簡素化され、そのコストが大きく圧縮されることが期待される。

実際、生まれてから死ぬまで役所に対して、何種類の書面を提出しなければならないのか考えたこともないが、その何枚もの書面に記載するのは「氏名」、「生年月日」、「現住所」、「本籍」などに限られていることは容易に想像できる。

ネットワークの効用を存分に発揮するためには、社会に出回っている多くの書面を再整理し、共通項は共通にし、個々の書類の目的に限定した、ごくわずかなデータ項目だけを入力すれば済むように整える必要があろう。私はこれを「書面の正規化」と呼んでいる。

勘の良い読者であれば、お気づきだと思うが、今日のRDB普及の背景にあった「データの正規化」と同様の整理である。何千種類、何万種類にもおよぶ行政書類を、役所側の視点ではなく、その書類を起票する「市民・住民」の立場から共通項をくくりだすことは、入力の手間を簡素化し、またデータの誤りの発生や、データ相互間の不整合を抑制していく意味で、きわめて重要な手続きと考える。

また、このように正規化することで書面主義を前提として組み立てられてきた行政組織を、ネットワーク時代にふさわしいそれに改革することが可能となる。気の遠くなるような膨大で、退屈な作業でもあろうが、新しい時代の社会構造を考える上では、必要不可欠と思うところである。

私は、「文書の電子化」をなりわいとしているが、「紙書面」の電子化に陥ることなく、ネットワーク時代にふさわしい「新しい文書」を前提において考えているつもりである。



執筆  菊田昌弘(前代表取締役)



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