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第9回 ごろ盤とコミュニケーション

− 情報とドキュメント −

一昔前、「日本人とユダヤ人」と言うベストセラーがあったのをご存知だろうか?
そこには、日本人の物の考え方や、情報の伝えかたをユニークな語り口で記述されていた。イザヤ・ベンダサン(実在したのか、山本 七平氏のペンネームだったのか、議論があったのを覚えているが、結果としてどうっだたのか記憶にない。ご存知の方がいたら教えて戴きたい。)なる著者は、日本語の奇妙とも言える特性を指摘していた。
すなわち、主語や時として述語さえ欠落させても、会話が成立する言語構造である。

今日はお盆のため、行き付けの飯屋が休業で、社員と連れ立ってファミリー・レストランに出向いたのだが、その時の会話は、今思い返すと次のようであった。(この文章にも主語がないが、読者諸兄は、「私」と言う主語を補って読んで戴いていると想像する。)

(私) 「なんにしよう?」
(同僚)「ええと、ハンバーグ」
(私) 「そうか・・・。僕は、高菜ピラフにしよう。」

むりやり、翻訳すると次のような英語となろう。

(私) 「What shall we eat?」
(同僚)「Well. I will have a hanburger steak.」
(私) 「OK.  Let me choose a takana pilaff.」

比較して理解戴けるように、日本語会話には I や eat や choose に相当する言葉が欠落しているか、または「する/しよう」といった代動詞に置き換わっている。蕎麦屋での会話を考えると、もっと面白いことになる。

  「何にする?」、「私は、キツネ」

字面だけを英語にすると、「What / do?」、「I / fox」である。特に「私は、キツネ」なるフレーズは、暗い夜道ですれ違う妙齢の御婦人からは聞きたくない台詞でもある。

すなわち、日本語会話には、そのフレーズの背景が共通に理解されている時には、主語も述語も消え去ってしまう特性がある。共通の概念や背景認識があって成立する会話である。

イザヤ・ベンダサンは、この共通概念や背景認識を「ごろ盤」と呼んだ。欧米人が計算をする際には左脳を駆使して、分析的に計算するのに対し、日本人のそろばん(特に暗算は)は、むしろ右脳を使ってイメージを描きながら結果を出していくと言うプロセスの違いを、コミュニケーションに当てはめた言葉のようである。 言い換えると、日本人のコミュニケーションは、常に相手がどのように解釈するであろうかの予見(共通概念)が前提に置かれている。極端に言えば、「俺の目を見ろ。何にも言うな。」の世界に浸ることとなる。
教育学で言えば、この共通概念は「レディネス」と言う言葉になろう。情報を受取る側の心の準備状態を指すものである。

欧米流での、ディフィニティブなコミュニケーション構造と、日本人の抽象化されたコミュニケーションのいずれが、より良くコミュニケーションできるかは識者の研究にお任せするとして、私がこだわっている「ネットワークと紙」と言うメディアの違いによるコミュニケーションを考える際には、結構重要な課題を投げかけることとなる。

CALSと言う米国で案出された新しいビジネス構造が、わが国においても盛んに検討されるようになって、もはや5年は経過したと思う。CALSはネットワークの機能をフルに利用して、情報伝達を早め、エンジニアリングや企業活動、ひいては行政機構までふくめた新しい効率的な機構を創出しようとする試みとしての側面を持つ。従って、ネットワークを介した情報伝達や、コミュニケーションが重要な課題とされる。ただし、いかに設計図面が迅速に相手に送達できようとも、また伝票がすばやく送られようとも、相手側に一定のレディネスがないと伝達される情報は正確に解釈されないし、ひいては、正しい製品をつくることも不可能であろう。日本においては、元来職人気質の中小企業があり、大企業との系列構造のなかで、日々情報交換し、情報共有を実現してきた。微に入り、細に入り説明せずとも、永年の相互に培った共通概念のもとに、設計図面の不足部分を補ったり、時には注文主が犯した誤りを下請け側が直して納品するなどの機構が働いていた。まさしく日本人が日常行っているコミュニケーションと同様の構造が成立していたとも考える。

極めて大胆な言い方を許して戴くならば、一定の共通理解が成立している日本でこそ成立するネットワーク利用の構造もあるのではないかと考える次第である。



執筆  菊田昌弘(前代表取締役)



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