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第3回 一筋縄ではいかない情報の電子化

情報社会と言われる今日、これまでの「紙」による情報を「電子的な情報(ディジタル情報)」に置換え、ネットワークを利用し、より便利に効率の良い社会・経済機構を構築していく試みがいくつもなされている。電子図書館や行政ネットワークなど、さまざまな新しい機構が次第にその姿をあらわしつつある。

ただし、「紙からディジタルに情報を置き換える」ことは、長らく紙時代に生活してきた我々にはいささか困難があるように感じてならない。例えば紙幣である。私の持っている(数少ない)1万円札には「日本銀行券 壱万円」と書いてある。恐らく偽札ではないため、安心して買い物に使うことができる。昨今叫ばれている電子マネーとやらは、この1万円札をスキャナーで読み取って電子化したものでは有り得ない。電子マネーとは、煎じ詰めるところ私自身が確かに1万円の支払を行う能力をもっているという電子的な証明情報であり、その証明情報を受取ったお店は、1万円の売上を計上して良いとする証明でもある。このような証明情報を複数の売り手と買い手、さらに社会全般に通用させるためには相当複雑な機構が必要とされるであろうことは想像に難くない。
その昔、日本の最初の紙幣は、伊勢の商人である山田屋が紙に書き記した「山田葉書」だそうである。重い千両箱の代りに一片の紙に過ぎない山田葉書を受取った人は、本当に千両受取ったのかどうか不安に駆られたであろう。電子マネーを始めて受け取る方も、恐らく同様の不安を持つのではないだろうか?

今日、WEBの利用が盛んである。この拙稿をお読み戴いている読者も、WEBブラウザを使っておられるはずである。WEBはHTMLと呼ばれる記述形式を採用している。HTMLで記述されているため、www.yomiuri.co.jpにアクセスした方が興味をもって戴きクリックしたらこのページに飛ぶ、いわゆるハイパーテキストの仕組みとなっている。確かに、目次だけを手がかりに順次ページをめくっていく従来の本に比べたら、結構便利な仕掛けと言える。紙情報では不可能な電子情報ならではの芸当と言えよう。
ハイパーテキストの構造を従来の本に比較して考えて見ると、単純に「紙面を電子化」するのではないさまざまな違いが起こってくる。一番わかりやすい例が「脚注」と呼ばれる説明文である。脚注は文字どおりページの再下部に置かれる。当然、そのページの本文中には説明したい単語が記されており、読者はその単語につけられたマークを見て脚注の説明を読むこととなる。ところが、単純な話、HTMLにはページ(紙面)と言う物理的な領域がないため脚注そのものが成立しなくなる。代りに著者は、説明したい単語をハイパーテキストとしてリンクすることとなる。
また、図や表についても、紙媒体の場合ページと言う領域の中でできるだけ読者が理解しやすいように位置や大きさが定められる。これらも、ハイパーテキストの場合には、しかるべきアンカーを設けて、その図を必要に応じて表示できるように整える必要がでてくる。ここにも、従来の紙媒体による情報とは異なる編集が必要とされ、単純に紙面を電子化することでは済まない新しい課題が生まれてくる。

ハイパーテキストは、今から50年も前に、米国の軍事研究に携わっていたバンネバー・ブッシュと言う人が「As we may think(考えるままに)」と題する論文の中で発案した言葉だそうである。軍事研究に際して、必要な資料を膨大な図書類から探し出すことの手間に辟易したブッシュ氏が、必要な資料を必要とする時に読めるように、複数の資料を相互に参照することを考えたようである。今日のWEBの構造に類する仕組みを50年も前に考えた人がいたことには驚くし、逆に新時代の象徴ともされるWEBが、若干古びて見えてもくる。

ハイパーテキストを前提とすると、これまでの紙時代の情報の流通とは幾つかの本質的とも言える相違がでてくる。例えば、論文集である、論文集は文字通り、多数の論文をまとめて一つの本としている。しかし読み手側にたって見ると、全ての論文を1ページから順に読破していく人は少なかろう。その本質に立ち返ると、必要な論文さえ手に入れば満足するのであり、他の論文まで一緒に入手しなければならない必要はないはずである。すなわち情報を電子化した場合には、従来の情報の流通単位が変化することも考えられる。
さらに、情報の表示体裁の問題もある。紙媒体の場合、読者はだれもが同じ文字の大きさで読むしかないが、電子化したら老眼の人は大きな文字で、一度に全体を見たい人はフォントを小さくして画面に表示することが可能となる。さらには、棒グラフで書かれた図表を円グラフで書き直して見ることなども技術的には問題なかろう。とすると、著作者に認められている「同一性保持権」の扱いはどのように考えたらいいのであろう?電子図書館に貯えられる情報は、どんな形式が望ましいのであろう?
そのように考えると情報を電子化することは、一筋縄ではいかないとも思えてくる。

「今や地球は一瞬にして振動する巨大な丸い知性となった」とは、今日のネットワーク社会にふさわしい言葉と言える。確かに地球上くまなく張りめぐらされたネットワークを利用して情報や意見を交換し合い、人類が協力して問題解決に当たれたら、戦争のない平和で知性にあふれた地球社会が成立するのではないかとの夢がある。ただし、この言葉は今から150年も前にナサニエル・ホーソンと言う人が、電信機の発明に感動して捧げた言葉である。彼が考えた丸い知性としての地球を実現するためには、まだまだ考えなければならないことが多そうである。



執筆  菊田昌弘(前代表取締役)



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